用語集
version 0.3(草案)/ 2026-07-18
このサイトのコラムや系図データでくり返し登場する用語を、まとめて定義する ページです。「男系」「女系」「正室」「側室」「実在性」「『126代』の 可変性」は、設計書 §1 で定めた操作的な定義(系図データ ベース上でどう機械判定するか)にもとづきます。「宮家」「世襲親王家」の ような歴史的な制度用語は、出典を付して個別に解説します。
男系・女系
- 男系(父系)子孫: ある人物Aから人物Bへの親子関係の経路をたどった とき、経路上のすべてのリンクが「父→子」であるなら、BはAの男系子孫。
- 女系: 用語に揺れがあるため、当サイトでは常に二通りに区別します。
- 広義の女系(非男系): 経路上に「母→子」のリンクを1つでも含む もの。現代の皇位継承論議で「女系天皇」と言うときは、通常こちらを 指す。
- 狭義の女系(純母系): 経路上のすべてのリンクが「母→子」である もの。
| 男系 | 女系(広義) | |
|---|---|---|
| 男子 | 男系男子 | 女系男子 |
| 女子 | 男系女子 | 女系女子 |
これらは系図データ上の「経路の性質」として機械的に判定できるため、 当サイトでは人手では書きません。この定義にもとづくと、歴代天皇の うち女性天皇は8人・10代(推古、皇極=斉明〔重祚(ちょうそ、同一人物 が再び即位すること)〕、持統、元明、元正、孝謙=称徳〔重祚〕、明正、 後桜町)確認されており、全員が「父をたどれば天皇に至る男系の女子」 です。母から子へのリンクを経由して即位した天皇(広義の女系天皇)は、 記録上存在しません。江戸時代の2人(明正天皇・後桜町天皇)については 女性天皇・江戸時代の二人のコラム で詳しく扱っています。「女王がいる国」と「女系」は同じ概念では ない点、および実際の女系継承の実例(イギリス王室等)については 世界の王位継承ルールのコラム を参照してください。皇室典範上の身位としての「女王」については 親王・内親王・王・女王の項を参照してください。
正室・側室
時代によって后妃制度は大きく異なるため、当サイトでは正室・側室という 二値だけでは表現しません。
- 原語(rank): 皇后・中宮・女御・更衣・妃・夫人・嬪・宮人・典侍 など、史料上の呼称をそのまま記録します。
- 正規化(rank_class):
primary(正室相当: 皇后・中宮など)/secondary(側室相当)/unknownの3値に、別カラムで正規化します。
例: 明治天皇の生母・中山慶子は典侍(側室相当)です。近代以前は側室 出生の天皇が多数であることも、この正規化によって集計できます。 詳しくは側室制度のコラムを参照して ください。
実在性(historicity)
初期の天皇には、学術上、実在が確認できない者が含まれます。当サイトは 公式の代数と学術的評価を別フィールドで両記します。
historical: 実在が史料で確認されるsemi-legendary: 実在の可能性が論じられるlegendary: 伝承上の人物
判定は学術的通説にもとづき、必ず出典を付します。欠史八代(第2〜9代)
が代表例ですが、それより後の代にも実在への疑義は及びます。Wikidataの
分類を確認したところ(2026-07-12時点)、崇神天皇(第10代)・垂仁天皇
(第11代)・景行天皇(第12代)・神功皇后は「伝説上の人物」、成務天皇
(第13代)・仲哀天皇(第14代)・応神天皇(第15代)・武烈天皇(第25代)は
「架空かもしれない人間」に分類されており、当サイトでもそれぞれ
legendary・semi-legendary としています。詳しくは
欠史八代のコラム、
神武天皇のコラムを参照してください。
「126代」という数字の可変性
「126代」は古代から不変の数字ではなく、明治〜大正の約50年間に、近代 国家が天皇制度を法制化・体系化する過程で確定した数字です。代数を 揺るがしうる要因は、少なくとも次の4つが判明しています。
| # | 要因 | 詳しく読む |
|---|---|---|
| 1 | 神功皇后・飯豊青皇女の除外(1926年、皇統譜令) | 神功皇后のコラム、皇統譜令のコラム |
| 2 | 弘文・淳仁・仲恭の追加(1870年、明治天皇による追諡) | 諡号・追号のコラム |
| 3 | 南北朝どちらを正統とするか(1911年、南北朝正閏論) | 南北朝のコラム |
| 4 | 欠史八代(神武〜開化)の実在性 | 欠史八代のコラム |
1と2はともに明治〜大正という同じ時期に起きており、近代国家が「歴代 とは何か」を初めて明文のルールで確定させる必要に迫られた結果、数 世紀分の揺れが一気に整理されたという時代背景を示しています。
親王・内親王・王・女王
親王(しんのう)・内親王(ないしんのう)・王(おう)・女王(じょおう)は、 天皇の血族である皇族に与えられる身位(称号)です。天皇との続柄・世代の 遠近によって、次のように機械的に定まります。
| 身位 | 対象 |
|---|---|
| 親王 | 天皇の嫡出の子(皇子)、および嫡系嫡出の孫(皇孫)— 男性 |
| 内親王 | 同じ範囲 — 女性 |
| 王 | 天皇から三世(ひ孫)以下にあたる嫡系嫡出の子孫 — 男性 |
| 女王 | 同じ範囲 — 女性 |
現行の皇室典範第六条は次のように定めています。
嫡出の皇子及び嫡男系嫡出の皇孫は、男を親王、女を内親王とし、三世以下の 嫡男系嫡出の子孫は、男を王、女を女王とする。
親王・王の妃は、それぞれ親王妃・王妃と呼ばれます(同法第五条)。天皇の 兄弟姉妹が王・女王であった場合に、その系統が皇位を継ぐと特に親王・ 内親王の身位を与えられる規定もあります(同法第七条)。詳しくは 皇室典範の全文整理を参照して ください。
歴史的な変遷: 明治22年(1889年)の旧皇室典範第三十一条では、天皇の 玄孫までを親王・内親王、それより先(五世 以下)を王・女王としており、現行法の「三世以下」より対象範囲が2代広い ものでした。江戸時代までの世襲親王家では、代を重ねて天皇との血縁が 遠くなった当主は本来「王」であり、改めて 「親王宣下」を受けることで初めて 親王の身位を得ていました(世襲親王家参照)。永世皇族制 の採用により、この宣下という手続きは不要になり、現在は出生時点の世数 で自動的に定まります。
注意:「女王」は二つの異なる意味を持つ
当サイトで「女王」という語が出てくる場合、文脈によって次のどちらかを 指すため、混同しないよう注意してください。
- 皇室典範上の身位としての女王(本項で定義した、天皇から三世以下の 女性皇族)。これは天皇になる称号ではありません。
- 国家元首として即位した女性君主、いわゆる「女王陛下」(reigning queen)。エリザベス2世等がこれにあたります。
日本の歴史上、2の意味での称号は存在せず、女性が即位した場合はあくまで 「天皇」と呼ばれます(女性天皇は8人・10代。 男系・女系の項参照)。「女王がいる国」と「女系」が同じ 概念ではない点、諸外国の女系継承の実例については 世界の王位継承ルールのコラム を参照してください。
宮家
宮家(みやけ)とは、天皇から宮号を賜った皇族男子(親王または諸王)を 祖とする、皇族の一家です。「宮」はもともと天皇・皇族の邸宅を指す語 でしたが、転じて皇族の尊称となり、さらに「◯◯宮」という宮号を世襲 する家という意味を持つようになりました。平安末期から鎌倉初期にかけて 始まり、室町時代の常盤井宮・木寺宮が本格的な世襲親王家の先駆けと されます。
現行法上、宮号の授与や宮家の創立そのものに法的根拠はありません。また 皇室典範は皇族の養子を禁じているため(2026年の改正で一部例外が設け られました。皇室典範改正2026のコラム 参照)、跡継ぎがいなければ宮家は断絶します。
2026年時点で、宮内庁が示す皇室の構成では、内廷(天皇皇后両陛下・上皇 上皇后両陛下など)以外の皇族は、秋篠宮・常陸宮・三笠宮寬仁親王妃・ 三笠宮・高円宮の5宮家に分かれます。江戸時代には、閑院宮家から傍系の 光格天皇が養子として迎えられた例もあります (側室制度のコラム参照)。
世襲親王家
世襲親王家(せしゅうしんのうけ)とは、当代の天皇との血縁の遠近に かかわらず、代々天皇の猶子(養子)となって親王宣下を受けることで 親王の身位を保持し続け、天皇に世継ぎがない場合に次の天皇を立てる ことになっていた宮家です。江戸時代までに次の4家(四親王家)が 確立しました。
| 宮家 | 創設 | 開祖 |
|---|---|---|
| 伏見宮 | 1409年 | 栄仁親王(北朝・崇光天皇の皇子) |
| 桂宮(創設時は八条宮) | 1589年 | 智仁親王 |
| 有栖川宮(創設時は高松宮) | 1625年 | 好仁親王 |
| 閑院宮 | 1710年 | 直仁親王(新井白石の献策により創設) |
明治22年(1889年)の皇室典範公布により永世皇族制が採用され、世襲 親王家という制度自体は廃止されました。桂宮は明治14年(1881年)、 有栖川宮は大正2年(1913年)にそれぞれ跡継ぎが絶えて断絶し、伏見宮・ 閑院宮の系統は、1947年(昭和22年)にGHQ占領下で皇籍を離脱しました (いわゆる「旧十一宮家」の一部。 皇室典範改正2026のコラム 参照)。光格天皇は閑院宮家出身であり、世襲親王家という制度が実際に 皇位継承の「備え」として機能した例です (側室制度のコラム参照)。
天皇の呼称
在位中の天皇を指すときは「天皇陛下」「今上天皇(陛下)」を用い、 元号を冠した呼び方(「令和天皇」等)は使いません。これは、諡号 (しごう)・追号(ついごう)がいずれも没後に贈られる名であり、 在位中はまだ確定していないためです。譲位後、存命中の元天皇は 「上皇陛下」、崩御後は元号に基づく追号(明治天皇・大正天皇・ 昭和天皇等)で呼ばれます。「前天皇」「現天皇」という言い方は 避けられる傾向にあります。
天皇の個人名(諱)を直接用いることも 避けられてきました。 これは中国由来の「実名敬避俗」という文化的な風習に基づく慣習で あり、天皇・皇族への不敬な言動を処罰する「不敬罪」は1947年の法 改正で既に廃止されているため、現在は法律上の強制ではありません。 英語圏の海外メディアでは天皇を実名で呼ぶ("Emperor Hirohito"等)のが 一般的で、これは日本国内の慣行と対照的です。詳しくは 諡号・追号のコラムを参照してください。
出典
「宮家」「世襲親王家」の解説は、主に次の出典にもとづきます (2026-07-13取得)。他の用語は設計書 §1 の定義をそのまま 用いており、個別の出典は付していません。
- 「宮家」Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/宮家
- 「世襲親王家」Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/世襲親王家
- 宮内庁「皇室の構成」 https://www.kunaicho.go.jp/learn/about/kosei/
出典は主に百科事典的な記述(Wikipedia)と宮内庁公式サイトによります。 学術論文での裏取りは今後の課題です。
「親王・内親王・王・女王」の定義は、現行皇室典範(昭和22年法律第3号) および旧皇室典範(明治22年)の条文にもとづきます(2026-07-18)。
- 皇室典範の全文整理 (当サイトの資料。国立国会図書館・e-Gov法令検索・国立公文書館 デジタルアーカイブ等の一次資料を出典とする)